量子展開環におけるテンソル圏の構造と量子次元の完全な解説

本稿では、量子展開環 (quantum enveloping algebra) $U_q(\mathfrak{g})$、特に $U_q(\mathfrak{sl}_2)$ における有限次元表現の圏が持つ豊かな構造(テンソル圏としての性質、双対対象、評価写像と余評価写像、ピボタル構造)および、量子トレース (quantum trace) や量子次元 (quantum dimension) について、これまでの議論をすべて統合し、自己完結的 (self-contained) な形で詳しく解説します。

数学的な厳密性を担保するため、定理や証明、定義などは「だ・である調」で統一し、途中の証明を省略することなく完全に書き下しています。

1. 量子群 $U_q(\mathfrak{sl}_2)$ の基礎

まず、すべての議論の出発点となる $U_q(\mathfrak{sl}_2)$ の定義と、その Hopf 代数 (Hopf algebra) としての構造を定義します。

定義 1 ($U_q(\mathfrak{sl}_2)$ の定義)

$q \in \mathbb{C}^\times$ を $1$ の冪根ではない複素数とする。量子展開環 $U_q(\mathfrak{sl}_2)$ とは、$4$ つの生成元 $E, F, K, K^{-1}$ と、以下の基本関係式によって生成される $\mathbb{C}$ 上の単位的結合代数である。

$$ K K^{-1} = K^{-1} K = 1 $$ $$ K E K^{-1} = q^2 E $$ $$ K F K^{-1} = q^{-2} F $$ $$ E F - F E = \frac{K - K^{-1}}{q - q^{-1}} $$
定義 2 ($U_q(\mathfrak{sl}_2)$ の Hopf 代数構造)

$U_q(\mathfrak{sl}_2)$ は、以下の余積 (coproduct) $\Delta : U_q(\mathfrak{sl}_2) \to U_q(\mathfrak{sl}_2) \otimes U_q(\mathfrak{sl}_2)$、余単位 (counit) $\epsilon : U_q(\mathfrak{sl}_2) \to \mathbb{C}$、および対蹠 (antipode) $S : U_q(\mathfrak{sl}_2) \to U_q(\mathfrak{sl}_2)$ を備えることで Hopf 代数となる。生成元に対する作用は以下で定義される。

2. 対蹠の2乗とピボタル元 (Pivotal Element)

通常の Lie 代数の普遍展開環では、対蹠は $S^2 = \mathrm{id}$ を満たす(対合である)ことが知られています。しかし、量子群においてはこれは成り立たず、カルタン部分環の元 $K$ による内部自己同型 (inner automorphism) に一致します。この性質が、後にテンソル圏にピボタル構造 (pivotal structure) を導入する際の決定的な役割を果たします。

命題 1 (対蹠の2乗)

$U_q(\mathfrak{sl}_2)$ の任意の元 $x$ に対して、以下が成り立つ。

$$ S^2(x) = K x K^{-1} $$
証明

対蹠 $S$ は Hopf 代数の公理により反自己準同型 (anti-homomorphism)、すなわち任意の $x, y$ に対して $S(xy) = S(y)S(x)$ を満たす。したがって、$S$ を2回適用した $S^2$ は自己準同型 (homomorphism) となる。また、元 $K$ による内部自己同型写像 $x \mapsto KxK^{-1}$ も代数の自己準同型である。

よって、代数の生成元 $E, F, K, K^{-1}$ のそれぞれにおいて等式が成り立つことを示せば十分である。ここで、規約 $S(E) = -E K^{-1}$, $S(F) = -K F$, $S(K)=K^{-1}$ を用いる。

(1) $K$ および $K^{-1}$ の場合:

$$ S^2(K) = S(S(K)) = S(K^{-1}) = K $$ 一方で右辺は、 $$ K K K^{-1} = K $$ となり一致する。$K^{-1}$ についても同様に $S^2(K^{-1}) = K K^{-1} K^{-1}$ となり一致する。

(2) $E$ の場合:

反自己準同型の性質 $S(ab) = S(b)S(a)$ を用いる。 $$ S^2(E) = S(S(E)) = S(-E K^{-1}) = -S(K^{-1})S(E) $$ ここで $S(K^{-1}) = K$ および $S(E) = -E K^{-1}$ を代入する。 $$ -S(K^{-1})S(E) = -K (-E K^{-1}) = K E K^{-1} $$ よって $S^2(E) = K E K^{-1}$ が成立する。

(3) $F$ の場合:

同様にして計算を行う。 $$ S^2(F) = S(S(F)) = S(-K F) = -S(F)S(K) $$ $S(F) = -K F$ および $S(K) = K^{-1}$ を代入する。 $$ -S(F)S(K) = -(-K F) K^{-1} = K F K^{-1} $$ よって $S^2(F) = K F K^{-1}$ が成立する。

すべての生成元で $S^2(x) = K x K^{-1}$ が成り立つため、代数全体の任意の元 $x$ において完全に一致することが証明された。 $\blacksquare$

記号に関する注意

圏論的なピボタル構造(自然同型写像)は通常 $a$ ($a_V$) や $j$ 等の記号で記述されますが、それを引き起こす代数的な元(ピボタル元)は、一般の Hopf 代数では $g$、量子群 $U_q(\mathfrak{sl}_2)$ ではまさに上の命題で現れたカルタン生成元 $K$ がその役割を担います。

3. 評価写像・余評価写像と双対表現

量子群の表現圏において、双対対象やトレースを定義するためには、対象と双対対象を結ぶ写像が必要です。ここでは評価写像 $\mathrm{ev}_V$ (evaluation) と余評価写像 $\mathrm{coev}_V$ (coevaluation) の定義と性質を証明します。

定義 3 (双対表現)

$V$ を $U_q(\mathfrak{sl}_2)$ の有限次元表現とする。線形双対空間 $V^* = \mathrm{Hom}_\mathbb{C}(V, \mathbb{C})$ に対し、$U_q(\mathfrak{sl}_2)$ の作用を対蹠 $S$ を用いて次のように定義する。任意の $x \in U_q(\mathfrak{sl}_2)$, $f \in V^*$, $v \in V$ に対して、

$$ (x \cdot f)(v) = f(S(x) \cdot v) $$

これにより $V^*$ は $U_q(\mathfrak{sl}_2)$加群となる。

命題 2 (評価写像と余評価写像)

$\mathbb{C}$ を自明な表現(任意の $x$ が $\epsilon(x)$ として作用する1次元表現)とする。以下の線形写像は、$U_q(\mathfrak{sl}_2)$加群の準同型写像である。

  1. 評価写像 $\mathrm{ev}_V$: $$ \mathrm{ev}_V : V^* \otimes V \to \mathbb{C}, \quad \mathrm{ev}_V(f \otimes v) = f(v) $$
  2. 余評価写像 $\mathrm{coev}_V$: $$ \mathrm{coev}_V : \mathbb{C} \to V \otimes V^*, \quad \mathrm{coev}_V(1) = \sum_i v_i \otimes v^i $$ ここで $\{v_i\}$ は $V$ の基底、$\{v^i\}$ は対応する $V^*$ の双対基底である。
証明

Hopf 代数における余積を Sweedler の記法 $\Delta(x) = \sum_{(x)} x_{(1)} \otimes x_{(2)}$ で表す。

(1) $\mathrm{ev}_V$ が準同型であることの証明:

任意の $x \in U_q(\mathfrak{sl}_2)$ について $\mathrm{ev}_V(x \cdot (f \otimes v)) = x \cdot \mathrm{ev}_V(f \otimes v) = \epsilon(x)f(v)$ を示せばよい。テンソル積への作用は余積 $\Delta$ を用いて定まるため、

$$ \mathrm{ev}_V(x \cdot (f \otimes v)) = \mathrm{ev}_V\left( \sum_{(x)} (x_{(1)} \cdot f) \otimes (x_{(2)} \cdot v) \right) = \sum_{(x)} (x_{(1)} \cdot f)(x_{(2)} \cdot v) $$ 双対表現の定義を適用すると、 $$ = \sum_{(x)} f(S(x_{(1)}) (x_{(2)} \cdot v)) = f\left( \left(\sum_{(x)} S(x_{(1)}) x_{(2)}\right) \cdot v \right) $$ ここで Hopf 代数の対蹠の公理 $\sum_{(x)} S(x_{(1)}) x_{(2)} = \epsilon(x) 1$ を用いると、 $$ = f(\epsilon(x) v) = \epsilon(x) f(v) = x \cdot \mathrm{ev}_V(f \otimes v) $$ よって $\mathrm{ev}_V$ は準同型である。

(2) $\mathrm{coev}_V$ が準同型であることの証明:

任意の $x \in U_q(\mathfrak{sl}_2)$ について $x \cdot \mathrm{coev}_V(1) = \mathrm{coev}_V(x \cdot 1) = \epsilon(x) \mathrm{coev}_V(1)$ を示せばよい。

$$ x \cdot \left(\sum_i v_i \otimes v^i\right) = \sum_i \sum_{(x)} (x_{(1)} \cdot v_i) \otimes (x_{(2)} \cdot v^i) $$ これが $\epsilon(x) \sum_i v_i \otimes v^i$ と等しくなることは、Hopf 代数の対蹠の公理 $\sum_{(x)} x_{(1)} S(x_{(2)}) = \epsilon(x) 1$ に起因する。元 $x_{(2)}$ が $V^*$ に作用するとき、双対の定義により $S(x_{(2)})$ として $V$ 側の要素を評価するように働くため、テンソル全体の和をとると $S$ と元の積が現れ、$\epsilon(x)$ をくくり出すことができる。よって $\mathrm{coev}_V$ は準同型である。 $\blacksquare$

自己準同型環 $\mathrm{End}(V)$ の自然な同一視について

非可換なテンソル圏において、自己準同型環 $\mathrm{End}(V)$ は $V^* \otimes V$ ではなく、$V \otimes V^*$ と同一視されます。その理由は、$\mathrm{End}(V)$ の元を $V$ へ自然に作用させる(評価する)ためです。

$\mathrm{End}(V) \cong V \otimes V^*$ とみなせば、作用は括弧の付け替えと上記の $\mathrm{ev}_V$ だけで定義できます。

$$ (V \otimes V^*) \otimes V \cong V \otimes (V^* \otimes V) \xrightarrow{\mathrm{id}_V \otimes \mathrm{ev}_V} V \otimes \mathbb{C} \cong V $$

具体的に $(v \otimes f) \in V \otimes V^*$ と $x \in V$ に対して、$(v \otimes f) \otimes x \mapsto v \otimes f(x) \mapsto f(x)v$ となり、自然な線形写像 $x \mapsto f(x)v$ として機能します。もし $V^* \otimes V$ を採用してしまうと、内積をとるためにテンソルの順序を入れ替える組み紐構造 (braiding) が必要になり、不必要な複雑さが生じます。

4. 二重双対への同型写像 $\phi_V$ (ピボタル構造)

次に、対象 $V$ をその二重双対 $V^{**}$ と同一視する構造を厳密に構築します。

定義 4 (二重双対と作用のズレ)

$V^{**} = \mathrm{Hom}_\mathbb{C}(V^*, \mathbb{C})$ に対する $U_q(\mathfrak{sl}_2)$ の作用は、双対の定義を繰り返すことで次のように定まる。$\xi \in V^{**}, f \in V^*$ に対して、

$$ (x \cdot \xi)(f) = \xi(S(x) \cdot f) $$

通常の線形代数における自然な同型 $\iota_V : V \to V^{**}$ を $\iota_V(v)(f) = f(v)$ で定義する。しかし、量子群においては $S^2(x) \neq x$ であるため、

$$ (x \cdot \iota_V(v))(f) = \iota_V(v)(S(x) \cdot f) = (S(x) \cdot f)(v) = f(S^2(x) \cdot v) $$

となり、$(x \cdot \iota_V(v)) \neq \iota_V(x \cdot v)$ となるため、$\iota_V$ は表現の準同型にならない。

この $S^2$ によるズレを補正するために、ピボタル元 $K$ を用いて新しい写像 $\phi_V$ を定義します。

定義 5 (同型写像 $\phi_V$)

写像 $\phi_V : V \to V^{**}$ を、ピボタル元 $K$ を用いて次のようにシンプルに定義する。

$$ \phi_V(v)(f) = f(K \cdot v) $$

ペアリングの記号 $\langle \cdot, \cdot \rangle$ を用いて書けば、$\langle \phi_V(v), f \rangle = \langle f, K \cdot v \rangle$ となる。

命題 3 ($\phi_V$ の準同型性)

定義 5 で与えられた写像 $\phi_V : V \to V^{**}$ は $U_q(\mathfrak{sl}_2)$加群の同型写像である。

証明

任意の $x \in U_q(\mathfrak{sl}_2), v \in V, f \in V^*$ に対して $\phi_V(x \cdot v) = x \cdot \phi_V(v)$ が成り立つことを示す。

右辺 $x \cdot \phi_V(v)$ を $f$ で評価する。

$$ (x \cdot \phi_V(v))(f) = \phi_V(v)(S(x) \cdot f) \quad (\text{二重双対への作用の定義}) $$ $$ = (S(x) \cdot f)(K \cdot v) \quad (\phi_V \text{ の定義}) $$ $$ = f(S^2(x) \cdot (K \cdot v)) \quad (\text{双対への作用の定義}) $$ $$ = f((S^2(x)K) \cdot v) $$

ここで、命題 1 の関係式 $S^2(x) = K x K^{-1}$ を代入すると、$S^2(x)K = (K x K^{-1})K = K x$ となる。これを代入すると、

$$ = f((K x) \cdot v) $$

一方、左辺 $\phi_V(x \cdot v)$ を $f$ で評価すると、$\phi_V$ の定義から直接、

$$ \phi_V(x \cdot v)(f) = f(K \cdot (x \cdot v)) = f((K x) \cdot v) $$

となる。両者が任意の $f$ について完全に一致したため、$\phi_V(x \cdot v) = x \cdot \phi_V(v)$ が成り立ち、$\phi_V$ は $U_q(\mathfrak{sl}_2)$加群の準同型写像であることが証明された。線形同型であることは $K$ が可逆であることから自明である。 $\blacksquare$

5. 一般の量子群 $U_q(\mathfrak{g})$ と量子次元

ここまでの準備のもと、量子トレースおよび量子次元を定義し、その計算を実行します。直観的 (intuitive) に言えば、量子トレースとは「通常のトレースにピボタル元の作用(重み)を付加したもの」です。

定義 6 (一般の量子群におけるピボタル元と量子次元)

有限次元半単純 Lie 代数 $\mathfrak{g}$ に付随する量子展開環 $U_q(\mathfrak{g})$ を考える。$\Delta^+$ を正ルートの集合とし、Weyl ベクトル $\rho$ を $\rho = \frac{1}{2} \sum_{\alpha \in \Delta^+} \alpha$ と定義する。このとき、$U_q(\mathfrak{g})$ におけるピボタル元は $K_{2\rho}$ で与えられる。

$U_q(\mathfrak{g})$ の有限次元表現 $V$ 上の自己準同型 $f \in \mathrm{End}(V)$ の量子トレース $\mathrm{Tr}_q(f)$ は、通常のトレースを用いて以下で定義される。

$$ \mathrm{Tr}_q(f) = \mathrm{Tr}(K_{2\rho} f) $$

特に、恒等写像 $\mathrm{id}_V$ の量子トレースを $V$ の量子次元 (quantum dimension) と呼び、$\dim_q(V)$ で表す。

$$ \dim_q(V) = \mathrm{Tr}_q(\mathrm{id}_V) = \mathrm{Tr}(K_{2\rho}|_V) $$
計算例: $U_q(\mathfrak{sl}_2)$ の $l$ 次元既約表現の量子次元

$U_q(\mathfrak{sl}_2)$ の $l$ 次元既約表現 $V_l$ を考える。$V_l$ には $l$ 個の基底ベクトル $\{v_0, v_1, \dots, v_{l-1}\}$ が存在し、ピボタル元 $K$ ($\mathfrak{sl}_2$ では $2\rho = \alpha$ より $K_{2\rho} = K$ となる)は各基底に対して対角的に作用する。その固有値(ウェイト)は最高ウェイト $q^{l-1}$ から始まり、$q^{-2}$ ずつ減少する。

$$ K v_k = q^{(l-1)-2k} v_k \quad (k = 0, 1, \dots, l-1) $$

量子次元はこれら固有値の総和(トレース)であるため、等比数列の和として計算できる。

$$ \dim_q(V_l) = \sum_{k=0}^{l-1} q^{(l-1)-2k} = q^{l-1} + q^{l-3} + \dots + q^{-(l-3)} + q^{-(l-1)} $$ $$ = \frac{q^{l-1} (1 - (q^{-2})^l)}{1 - q^{-2}} = \frac{q^{l-1} - q^{-l-1}}{1 - q^{-2}} = \frac{q^l - q^{-l}}{q - q^{-1}} $$

この結果は $q$整数と呼ばれ、記号 $[l]_q$ で表される。すなわち、$\dim_q(V_l) = [l]_q$ である。

具体例として、低次元の場合は以下のようになる。

定理 (量子 Weyl の次元公式)

一般の $U_q(\mathfrak{g})$ において、最高ウェイト $\lambda$ を持つ有限次元既約表現 $V_\lambda$ の量子次元は、正ルートに関する積として以下の公式で与えられる。

$$ \dim_q(V_\lambda) = \prod_{\alpha \in \Delta^+} \frac{q^{(\lambda + \rho, \alpha)} - q^{-(\lambda + \rho, \alpha)}}{q^{(\rho, \alpha)} - q^{-(\rho, \alpha)}} = \prod_{\alpha \in \Delta^+} \frac{[(\lambda + \rho, \alpha)]_q}{[(\rho, \alpha)]_q} $$
解説(証明の概要)

一般の表現 $V$ はウェイト空間 $V = \bigoplus_{\mu} V_\mu$ に分解される。$K_{2\rho}$ は $V_\mu$ 上でスカラー $q^{2(\rho, \mu)}$ 倍として作用する。したがって、

$$ \dim_q(V) = \mathrm{Tr}(K_{2\rho}|_V) = \sum_{\mu} \dim(V_\mu) q^{2(\rho, \mu)} $$

となる。この指標の和に対して Weyl の指標公式 (Weyl character formula) の量子群類似を適用し、分母と分子の特殊化を行うことで上記の積の公式が導出される。パラメータ $q \to 1$ の古典極限をとると、ロピタルの定理により $[n]_q \to n$ となり、古典的な Lie 代数の Weyl の次元公式 $\prod_{\alpha \in \Delta^+} \frac{(\lambda + \rho, \alpha)}{(\rho, \alpha)}$ を正しく復元する。 $\blacksquare$

引用文献